私は、1月中に2回見たけれども、200点は多すぎる。150点位が一番見易い点数である。今回は特別展であって、展示規模も大きいが、観客も多かった。初回は10時位に着いたが、既に入館するまでに1時間の列ができ、「清明上河図」は、更に3時間待ちであった。
第1部は「故宮博物院の至宝ー皇帝たちの名品」で、北宋、南宋、元時代の絵画、書であった。
中でも「清明上河図」は、新聞テレビの報道のために、大変な人気であった。この図は清明上河図の橋の
部分であり、しばしば目にする絵画である。北宋の都、開封(かいほう)の庶民の日常を描いた図である。
中国史上における宋時代は科挙による士太夫官僚が高い文化を生み出し、一方で庶民が豊かな都市生活を謳歌した時代でもあった。北宋後期の都市の様子を見事に描き出した絵画史上の傑作である。
しかし、私見として圧倒的に面白かったのは第2部の「新潮宮廷文化の精粋ー多文化のなかの共生ー」であった。清朝は、ご承知の通り、満州族の王朝で、僅か2%の人口で当時世界の人口の三分の一に当たる大清国を異民族が支配し、中でも乾隆帝(1711〜1799年)の清朝第六代の皇帝で、大清帝国をが安定して上昇期に入り、最も幸運な時期に即位した皇帝であった。
左の絵画は「乾隆帝是一是二図軸」(これいちこれに)と呼ばれる絵画である。
満州族の皇帝が、漢民族の衣装を着け、テーブルの上には古代の緑青をふいた青銅器や玉器、宋時代の白磁、明時代の青花と言った歴代王朝の遺物が並んでいる。清帝国の支配者が、漢民族の文化を愛し、衣装を着けているところに、大帝国を武力でも文化面でも、精神面でも愛し、共生する有様を示した絵である。
文句なく当時の世界一の文化国、武力帝国、文化帝国、技術国であった大清国の帝王の姿を遺憾なく発揮した一枚の絵である。即ち、清朝は世界一の先進国であり、アジアの指導者であった。その清朝の治める版図は、概ね現在の中華人民共和国が支配する版図であった。
しかも、乾隆帝は、力づくで支配するのでは無く、チベット仏教を崇拝し、「乾隆帝文殊菩薩画像」として描かれている。
その乾隆帝の治世が1711年から1799年の時期であったことと大きく関係している。
即ち、18世紀はアジアの時代であり、ヨーロッパの時代ではなかったのだ。
右図は元時代の「青花龍文八角瓶」である。
イギリスの産業革命の歴史は次の通りである。
1733年 フライ シャトル ジョン ケイ
1735年 ローラー防績機 ワイアット
1735年 コークス精錬法 アブラハム ダービー
1765年 蒸気機関(分離凝結機) ワット
1776年 「国富論」 アダム スミス
(マニファクチャー時代の資本主義)
要するに、産業革命がヨーロッパに起こり、イギリスが世界の工場として誇った時代は19世紀である。
18世紀はアジアの時代であり、その盟主は文句なく、大清国であったのである。
最も感銘を受けたのは、「康熙帝南巡図管第十一巻」と「第十二巻」である。雄大な万里の長江で、川水
の激しく流れるなかを、康熙帝の乗る龍船は流れに沿って下って行く。平安な中国の皇帝の姿は、現在の中華民国の指導者には見られない、穏やかで、豊かな姿である。